論文情報
Pathway-level convergence: an underexplored aspect of convergent evolution
Peter K. Hoitinga, Siri Birkeland
Trends in Genetics, 2025, Vol. 41, No. 10
https://doi.org/10.1016/j.tig.2025.06.009
Copyright: CC BY 4.0
専門分野外なので、誤訳・誤解がある可能性があります。
背景と目的
進化の再現性、すなわち独立した系統が同様の表現型や遺伝的変化に到達する「収斂進化(convergent evolution)」の予測可能性は、進化生物学の中心的問題である。
従来の研究は、同一または相同遺伝子での変化を対象とする「遺伝子レベルの収斂」に焦点を当ててきたが、「経路レベルの収斂(pathway-level convergence)」は十分に検討されていない。
本論文は、形質の遺伝的複雑性と分岐時間の観点から「経路レベルでの収斂」の理論的枠組みを提示するものである。
1. 収斂進化における経路レベルの視点の必要性
- 遺伝的収斂(genetic convergence)は、同様の表現型が独立に進化する現象。
- これまで主に「遺伝子レベルの収斂」が注目されてきたが、多くの形質は多遺伝子・多経路的である。
- 目的: 経路レベル(pathway-level)での収斂進化を理論的・方法論的に整理し、進化の予測可能性の理解を深める。
WARNING当論文において「経路:Pathway」とは、同一の生物学的過程に関与する遺伝子群であり、分子ネットワーク中で一つのモジュールとして機能するものを指す。
we broadly define pathways as groups of genes that share similar biological functions and represent a unit or module within the same molecular network
Fig 1: 経路レベルでの収斂進化の理論的な分類とその具体例
Fig 1は、遺伝的収斂がどの階層で生じるかを、
(A) 理論的分類と (B) 文献に基づく具体例によって示したもの。
上段の灰色ボックスは、収斂の階層(gene → pathway → multi-pathway)を示す。
下段のネットワーク図では、各遺伝子(ノード)が経路(円)内に配置され、
自然選択の統計的有意性(P値)が色で表現されている(黄〜赤=強い選択)。
また、各系統における比較は以下のように設定されている。
- D = derived lineage(派生系統・適応系統)
→ 環境適応を遂げた集団(例:高地・寒冷環境など) - A = ancestral lineage(祖先系統・対照系統)
→ 適応前の祖先的または原環境に残る集団
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| D₁ vs A₁ | 系統1内での比較(適応群と祖先群) |
| D₂ vs A₂ | 系統2内での比較(適応群と祖先群) |
Fig.1の4つのネットワークでは、左右がそれぞれ祖先群と適応群、上下が系統1および系統2を表す。
以下に各パネルの意味を整理する。
1. Gene convergence in the same pathway(同一遺伝子での収斂)
- 両系統で同一遺伝子が独立に選択を受ける。
- 古典的な「遺伝子レベルの収斂」の代表例。
例:Oldfield mouse(Peromyscus polionotus)– 毛色のカモフラージュ
砂浜個体で淡色毛が繰り返し進化。
同一遺伝子(ASIP)の制御領域変化による。
→ 遺伝子レベルの収斂
2. Pathway convergence involving different genes in the same pathway
(同一経路内の異なる遺伝子による収斂)
- 両系統で同一の生化学経路が利用されるが、
各系統で選択を受けた遺伝子は異なる。 - 経路全体としては共通機能(例:色素生成)を維持し、
結果として同様の表現型適応をもたらす。
例:Chestnut-bellied monarch(Monarcha castaneiventris)– 島での黒化(melanism)
メラニン合成経路内の異なる遺伝子(ASIPまたはMC1R)が独立に利用された。
→ 少数遺伝子における単一経路レベルの収斂
3. Pathway convergence involving several genes in the same pathway
(同一経路内の複数遺伝子が協調して選択を受ける収斂)
- 経路内の複数の遺伝子が同時または連続的に進化的変化を起こす。
- 単一遺伝子ではなく、経路全体の調整を伴うため、
より強固で多段階的な収斂的適応を示す。 - 特に複雑形質において見られやすい。
例:Arctic Brassicaceae – 耐寒適応(CBF経路)
アブラナ科3属で、低温応答経路(CBF pathway)内の複数遺伝子に発現変化や配列変化。
→ 多遺伝子における単一経路レベルの収斂
4. Convergence involving several genes in two different pathways
(異なる経路にまたがる収斂)
- 同一表現型が、異なる分子経路を経由して獲得される。
- 深い系統分岐や多様な適応経路を持つ生物でしばしば見られる。
例:Livebearing fish(Poecilia属)– 硫化水素耐性(OxPhos/SQR経路)
約4000万年前に分岐した複数系統で、硫化水素環境への耐性を獲得。
2つのミトコンドリア経路(酸化的リン酸化経路とSQR経路)の複数遺伝子が独立に変化。
→ 多遺伝子かつ複数経路にまたがる収斂
2. 形質の複雑性と分岐時間
このセクションでは、収斂がどの階層(gene vs pathway)で起こるかを規定する二つの主要因を論じている。
2.1 Trait complexity(形質の複雑性)
- 遺伝子数が多い形質ほど、異なる遺伝子経路を経て同一表現型に達しやすい。
- Mutational target size, genotypic redundancy, genotype networkの概念を導入。
- 適度な冗長性が「pathway-level convergence」を促進する“sweet spot”を形成。
2.2 Divergence time(分岐時間)
- 系統間の分岐時間が長くなるほど、同一遺伝子での収斂は減少。
- しかし経路の機能は長期的に保存されるため、経路レベルでは収斂が維持されうる。
- 例:酵母遺伝子のヒトオルソログ置換実験や、アブラナ科の高山適応研究。
Fig 2:形質の複雑性と分岐時間が収斂進化に与える影響
(A) 形質複雑性 × 分岐時間の二次元モデル
- 横軸:分岐時間
- 縦軸:形質の複雑性
- 縦断面・横断面グラフは、それぞれ収斂の階層(gene-level, pathway-level, no shared genetic basis)の確率を示す。
要点:
- 分岐時間が短く、形質が単純なとき → 遺伝子レベルの収斂:赤が起こりやすい。
- 形質が複雑になる、あるいは分岐が進むと → 経路レベルの収斂:青が卓越する。
- 非常に長い時間が経つと、経路構造も乖離し、共有遺伝的基盤が失われる:紫。
つまり、進化が進むほど、遺伝子単位の再利用は減るが、経路機能のレベルでは長く保存される。
(E) 分岐時間の増加に伴うオルソログ喪失と経路保存性
- 系統が分かれるにつれ、一対一対応のオルソログが失われていく。
→ 遺伝子レベルの対応が崩れる。 - しかし、経路全体の構造(例:代謝経路や調節ネットワーク)は比較的保存される。
→ 経路レベルの収斂は長期的に維持されうる。
(図の左から右に進むほど、赤ノードが同じ遺伝子でなくても経路単位で共通性を保つ)
(F) 長期進化での「単純形質の喪失」と「複雑形質の持続」
-
分岐が浅い場合:
→ 単純形質(例:特定の指骨の長さなど)を直接比較できる。 -
分岐が深い場合:
→ 単純形質は消失・改変され、比較不可能になる。
→ 代わりに、より抽象的な複雑形質(例:全体的な肢構造、発生様式など)を比較対象とせざるを得ない。
3. 経路レベルの収斂進化を検出するための研究手順・選択・課題
このセクションでは、理論的枠組み(形質の複雑性や分岐時間)を実証的に検証するうえで必要な
研究設計上の選択肢・手法・データ解析戦略・課題点を体系的に整理している。
以下では、本文の各小見出し・Box・図に対応して要約する。
手法選択の重要性とシステム生物学的統合の必要性
著者は、経路レベルの収斂を検出するためには以下の点が重要と述べる:
- 候補経路型 vs ゲノム全域型アプローチ(→ Box 2)
- 研究対象系統と形質の選択
- 遺伝子を経路単位にどのようにまとめるか
- 経路の比較および収斂検出の解析手法の選択
これらを最適化するには、システム生物学的視点(ネットワーク・モジュール解析)を統合することが不可欠であると主張している。
以下に、手法選択の各ステップを要約する。
1. 研究対象の選択
- 著者らは、分岐時間と形質複雑性が
経路レベル収斂の程度を左右すると仮定。 - その検証には、少なくとも3系統以上で異なる分岐時間をもつ比較系が必要(Bohutínská & Peichel 2024)。
- 各系統で「適応集団 vs 祖先集団」を比較して選択遺伝子を同定し、
その結果を遺伝子レベルだけでなく経路レベルでも比較する。 - 経路比較には、オルソログ対応・機能注釈・ネットワーク構造比較など複数の方法がある。
2. 形質の選択
-
古典的には「共通形質」から出発(例:コウモリとイルカの反響定位、魚類の流線型、洞窟生物の色素喪失)。
-
近年では「共通環境圧」から出発する環境主導型アプローチも増加。
- 例:低酸素・高塩分・極寒など。
-
ただし、因果関係の立証が難しいという課題があるため、
以下のような実験的補強が推奨される:- 共通ガーデン実験(common garden: 同じ環境条件で育てて比較する)
- 相互移植実験(reciprocal transplant: 環境に入れ替えて生育・生存を比較する)
3. 形質複雑性の推定
-
経路レベルの収斂確率は、「形質の複雑性 × 分岐時間」に依存する。
-
複雑性の定義は難しく、階層的に構成された形質として捉えることが提案される。
- 例:抗凍結タンパク質合成 → 凍結耐性 → 極地適応
- 一つの形質はさらに上位形質の一部を構成する。
-
著者は、形質複雑性を連続体として扱うことを提案:
分子形質(狭義) ⇄ 生態・適応形質(広義)
さらに遺伝的複雑性(関与遺伝子数、モジュール性、相互作用度)を定量化する試みが有用と述べている。
6. 経路の定義
- 非モデル生物では経路注釈が不十分であり、経路の定義自体が大きな課題。
- 通常の手順:選択遺伝子リストをGO・KEGGなどでエンリッチメント解析 → 既知経路に割り当て。
- しかし、注釈が不完全な場合、以下のデータ駆動型手法が有効:
| 手法 | 説明 |
|---|---|
| 共発現解析(WGCNA) | 発現相関パターンから機能モジュールを推定。 |
| 遺伝子制御ネットワーク推定 | 発現+モチーフ+比較ゲノミクス+クロマチン情報を統合。 |
| PPI予測(STRING, AlphaFold2) | 既知相互作用・構造モデリングから推定。 |
| マルチオミクス統合(MOFA, iClusterPlus, mixOmics) | 発現・代謝・構造など複数データ型を統合し、包括的ネットワークを構築。 |
NOTE(AlphaFold3ではなく)
AlphaFold2なのは論文のまま
7. 種間の経路比較
進化過程で、アミノ酸置換や制御要素変化、遺伝子重複・喪失が生じ、経路構造が再配線される。
したがって、種間で経路を比較する際には、異なる構造をどう整合させるかが課題である。
Fig.4 比較戦略:
-
モジュール構成の比較
- 既知の経路やGO分類に基づく比較(Fig.4E)
- データ駆動的に推定した共発現・制御モジュールの比較(Fig.4F)
- オルソログ群の共有度を指標とする。
-
ネットワーク整合
- オルソロジーベースのアラインメント:対応遺伝子ペアを軸に経路構造を比較(Fig.4G)
- トポロジーベースのアラインメント:遺伝子名に依存せず、構造的に相似なモチーフを検出(Fig.4H)
ただし、進化過程で経路やモジュールが完全に失われることもあり、
経路収斂の検出には原理的限界がある。
8. 機能的検証
- 経路収斂の主張を裏づけるには、偶然的な類似と真の進化的収斂を区別する必要がある。
- 実験的検証手段:
- モデル生物や近縁種:ノックアウト・遺伝子改変実験で直接検証。
- 非モデル種:交配実験で形質への寄与を確認。
- 実験が困難な場合:発生学的・生理学的データ、種間比較の整合的証拠を組み合わせることで補強する。
→ これにより、経路レベルの結果が実際に形質変化に寄与する信頼性を高める。
読後の感想
最近はTSUMUGI開発のためにネットワークやPathwayをよく扱うようになったので、論文のタイトルに魅力を感じ、読んでみました。進化生物学は収斂進化を知っているくらいの無知なので、なかなか各概念の理解が難しいですが、タイトルに負けず及ばず、内容も非常に興味深いものでした。
特に、図2で示した「divergence time × trait complexity」のモデルは、マウス・ヒト間比較や多系統解析における経路保存性評価(例:代謝経路、発生制御経路)にも応用可能か感じ、実験動物学的な応用も可能な理論かと思います。
Opinionということで概略の紹介なので、具体的な戦略については、引用されている文献を参照する必要がありますが、Fig 4のように、経路定義や比較手法の選択肢が整理されているのは非常に有用です。とくにトポロジーベースのアラインメントはおもしろそうです。PMID:21414992